ボウディ:ゴールド ラッシュ ゴーストタウン

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僕らはタイムトラベラーだ。ったってそれは僕ら観光客のことなんだけど、このゴールドラッシュ ゴーストタウン ボウディに来れば君もタイムトラベラー。

現ゴーストタウン、ボウディ(Bodie)は、アメリカ合衆国カリフォルニア州東部、シエラネバダ山脈のモーノ郡に19世紀後半のゴールドラッシュで栄え、全盛期には10000人近い人口を抱えていた都市。しかし20世紀に入ると金が掘り尽くされ、また大火の影響もあって町は急速に衰え、やがて人の住まないゴーストタウンと化した。現在では、ボウディは国定歴史建造物、および州立歴史公園に指定されている。

ボウディは高地砂漠地帯にあり、標高が非常に高い上 (2600m)、吹きさらしの高台の上に位置している。したがって気温の年較差・日較差がともに大きい。夏の日中は極めて暑いが、夜の冷え込みが厳しい。一方、冬は氷点下15度を下回ることもある。また風も強く、時速160kmに達する風が吹き荒れることもある。高地砂漠。センスの良い歌詞の一部にでもなりそうだけど、毎日の生活ってことになると、ものすげえええしんどいと思う。

朝早く着きすぎて4時間後に再び出直した。2回行ったり来たりしたけど全然気にならない。運転最中でもドキドキしてた。興奮。州道395号線から州道270号線でボウディへ行ける。もうひとつ州道167号線でも行ける。インタネットで調べると167号線は道が悪いと書かれてあったけど、地元人間に話しをしてみると167号線の方を勧めてくれた。僕らは4輪駆動車でもない普通の車だったけど全然オッケーだった。(雪のため冬は道路閉鎖、夏の日中は30度以上が多いけど、春、秋が心地よい観光季節とのこと)

なぜ早く着きすぎたかって? 朝日を狙っての計画が混乱したからです。

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人なつっこいパークレンジャーが正門で迎えてくれる。彼らは敷地内に住んでいるそうだ。つまんなくならないかと聞いたら、衛星放送テレビがあるからと笑顔で答えてた。入園料7ドル、説明書2ドル。午前9時より午後6時まで。

友人マーティンが ウッドストリート南口を散歩中

こんな感じで窓から白いカーテンが掛けてあったら、パークレンジャーの住宅なんだそうだ。(4軒ほどある)その他の家は窓から100年前以上へちょっとタイムトラベルって感覚で覗ける。寝室も覗いたし。台所、トイレ(ったって、外付けだけど)、ダイニングルームなどなど。彼らの現住宅は、かつてのグリーンストリート通り(Green Street) 沿いに残っている民家のひとつをそのまま再利用しているものである。(暖房冷房付き、衛星放送テレビ付き)

最初にこれ見た時にやはりクリントイーストウッドの事を考えてしまった。立ち止まって眺めていると自分以外のタイムトラベラー観光客が自分の回りにいなくなる時間 (数分) がある。にやにやしてしまった。グランドキャニオンとはまた違う感動。現在は、ボウディの町の一部が残っているのみだけど、タイムトラベラー観光客は一時期10000人口を抱えたボウディの町並みを歩き回わり、過去からの音に耳をかたむける事ができる。残っている民家跡の内装や家具は住民が離れたときのままの状態を保ってある。

ボウディには色々な物が放棄されたままの状態で残ってる。

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マーティンが移動中

2000個近くあった当時の建物のうち110個ほどの建物が今現在でも残っており、金鉱山工場もその一つ。

1882年に作られた2つの教会は、ボウディの衰退時にも関わらず家族向けへの街へと変わっていった証拠の一つ。

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ボウディホテル

ボウディホテルの中の様子

乙女通り、処女街道
(メイデンレーン & ヴァージン アリー/Maiden Lane & Virgin Alley)
当時の辺境の鉱山町の多くがそうであったように、ボウディにも町の北外れに赤線地帯があった。売春婦ローザ・メイ(Rosa May)は、イギリスのフローレンス ナイチンゲール看護師さながらの献身的な看護で、伝染病が流行したときに多くの町民の命を救ったけれど、売春婦であったがために、死後は町の墓地敷地内から少し離れた所に葬られた。

ボディには電力も通っていた。1893年、スタンダード社はボウディの街から約20km離れたグリーンクリーク川(Green Creek)に水力発電所を建設した。この水力発電所はブリッジポート市の上流にあり、最大130馬力、6600ボルトの電力を発電することができた。この発電所で生み出された電力は同社の工場の機械の動力として使われた。これらの電力施設は、初めて長距離の送電を行なった例のひとつとして挙げられている。

ボウディのメインストリート大通り
全盛期にはボディには大都市なみに、銀行,消防所、音楽隊、汽車、鉱山労働組合、複数の新聞社、そして刑務所まであった。1.6キロメートル弱の大通りには60軒以上のバーが建ち並んだ。殺人、バーでの暴動、馬車のハイジャックなどは日常茶飯事であった。

ボウディにまつわる逸話もある。サンフランシスコの家族がボウディに引っ越すことになったとき、若い少女娘のアナ ルイーズ ロックモーア (Anna Louise Lockmoor) が日記に Goodbye God, I’m going to Bodie.(さようなら、神様。私はボウディに行きます)と書いた。しかし地元の記者はこれに関して、少女は “Good. by God, I’m going to Bodie.(すばらしいわ。神様の思し召しで、私はボウディに行くの)だと主張説得。 ボウディに行くのは死ぬのと同じって感覚か、ボウディに行くのは幸せな生活が待っているっていうことだったのか、いづれにせよ今では、有名 (悪?) な語句となっている。

マーティンが撮影中

ボウディは写真家たちにとっては、いまだに金鉱のようなもんだ。撮りたい!っていう人が沢山いるとおもう。2013年には、SBJPGカリフォルニア州縦断撮影会(仮題)の一カ所になってます。ロスアンゼルス入国でサンフランシスコ離国の合計一週間になる予定。参加希望の皆さんは乞うご期待。ENGLISH

ボウディ墓地からのボウディ全景  A view from Bodie Cemetary

ボウディ墓地の近くに建っていた死体仮置き場は、ボウディの町で唯一、レンガの三十構造で造られた建物で、その理由は夏の暑さで死体が腐乱を起こす事を防ぐためであったわけなんだけれども、なんだかよく考えてみれば、それは死体の方が生きてる人間よりも快適な建物のなかに住んでいた (寝ていた) ってことだ、ん?

ボウディ刑務所前に落ちていた(?)独房の鉄のドア。持ち上げようとしたけど不可能。150キロ位以上なんじゃないかと思う。

ダシャンボー ホテル、 郵便局 (左) と 友愛団体祝会場 (右)

1859年、ウイリアム S. ボウディによって金の鉱脈がこの地で発見されたあと、この街はボウディと名付けられ金の採掘時代が始まったわけなんだが、彼はその後、この街が約80億円をも作り出す街になっていくことを知る事すら無く、同年11月、隣町への材料調達の最中に雪荒らしによって死亡した。

19世紀後半には栄華を極めたボウディであったが、20世紀に入ると金が掘り尽くされ、それに伴って町は急速に衰えていった。特に1932年に町の中心部が大火に見まわれてからは、ボウディの衰退はさらに加速していった。20世紀後半に至るまで細々と人が住んではいたものの、ボウディから人は離れ続け、やがては人の住まないゴーストタウンと化していった。

1940年頃には合計約90人ほどの住人で細々と生活していたらしいけど、1942年には戦争兵器業指令により最後の金発掘現場が閉められた。

スクールハウス学校 創立1879年。第2学校。 1番目の学校は悪生徒の放火にため燃えて無くなり、その焼け跡位置が、道2つ向こう側にある。

In 2009 and again in 2010, Bodie was scheduled to be closed, but the California state legislature was able to work out a budget compromise that enabled the state’s Parks Closure Commission to allow it to remain open. As of 2012, the park is still operating, now administered by the Bodie Foundation.
www.bodiefoundation.org


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Next weekend (8/11/12) is Bodie’s annual Friends of Bodie Day.  2012 is a special one with its 50th anniversary as a State HIstoric Park!! If you like to attend the party: FRIENDS OF BODIE DAY.

朝の10時からマーティンと僕は4時間弱ボウディの街で時を過ごしたけど、観光カタログ (2ドル) に載ってる69個あるチェックポイントだけでも回りきれるもんじゃなかったし、まだまだいろんなところを見て回れる写真だって撮れる。時間足りなかったけど、それでも今回の旅は最高だった。次回のボウディでの撮影会への情報集めも含めも出来たし。いずれは大雪に埋もれているボウディも撮りたい。時代衣装で着飾ったモデルさん達も撮りたい。それはすばらしい撮影会になるんじゃないか? SBJPGは2013年にボウディで撮影会を開きます。カルフォルニア縦断撮影会の一部です。ロスアンゼルス入国で、
カリフォルニア州の内陸部を北上し、サンフランシスコ離国の合計一週間になる予定。参加希望の皆さんは乞うご期待。

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references:

BODIE: State Historic Park Tour Guidebook ($2.00 at the gate)
Bodie Foundation
California State Parks
Wikipedia – Bodie
Wikipedia Japan – Bodie

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